さて、ピアノが楽器として独特である理由の一つは
「1人で演奏が出来ること」と書きましたね。
正確には「1人で演奏を完結出来ること」と言えるでしょう。

では、ピアノが誕生する前は音楽はどのように奏でられていたのでしょう?
まず、メロディを担当する人が必要です。ではそれを歌手に歌ってもらいましょう。次にベースをコントラバスにお願いして。和声をチェロ、ビオラなどにやってもらいましょう。

もうこれだけで4人必要です。

1番シンプルな曲の形態でもメロディと伴奏に最低2人必要となります。いわゆる独奏という部分を除いては1人で音楽を奏でることはあまりしなかったのです。というより出来なかった。自由に和音を出せる楽器がなかったので。

バッハの曲で、「無伴奏チェロソナタ」というタイトルがありますが、わざわざ無伴奏と名付けるほどにひとりで演奏するスタイルは一般的ではなかったのです。いわゆる変化球。
つまり通常のスタイルは伴奏が必要で、そのためには複数の人が必要だったわけです。

そこに鍵盤楽器が登場し、様子が変わりました。
1人で、ベース、伴奏、メロディを演奏できるようになりました。左手でベースラインと和音を組み合わせ(そこにリズムも加えたり)右手でメロディや副旋律を1人でこなせるようになったのです。
それまで複数人数でやるのが自然だったものを鍵盤楽器の誕生で「ひとり」でも可能になりました。
この発想がなんというか現代的ですよね。それまで人手が必要だったものをひとりでできるようになる…人との繋がりではなく自分だけで完結する…

利便性、合理化、そんな言葉が頭をよぎります。

コンピューター??
では視点をピアノの作りに向けてみましょう。

そもそも他の楽器では無理なのに、ピアノがひとり演奏を可能にできたのはなぜでしょうか?

それは

圧倒的な部品の数


です。
つまりシステムです。

だから、指先一つで音が出せるのですね。
アップライトピアノで約6000個、グランドピアノで約8000個の部品を使っています。

たった一つの音を出すために(鍵盤からハンマーが弦を叩くまでの間)約40個部品を使っています。
なんだか、すごいですよね笑
そんな沢山部品使わなくても、みんなで集まって音楽やればいいじゃんって思いません?笑
ここまでくると生楽器って言えるのでしょうか?

立派な精密機械ですよね。

それってシンセサイザーじゃない?
19世紀のシンセサイザー。

さて、音楽というのは本来、ひとりでやるものではなかった!ということがお分かりいただけましたか?
それを可能にするために
えらい数の部品を使ってる、
逆に言うと、ひとり演奏を可能にするためには
ぎょうさん部品が必要である、

もっと乱暴に言うと
ひとり演奏はそれくらい不自然なことであるのです。

さて、ここまで読むとピアノが悪いものであるかのような印象を受けると思います。

ピアノが不自然とか部品が多すぎるとか。

シンセとか呼んじゃって。
怒られてしまいますね。

誤解のないように、僕はピアノのことが大好きで大好きで、大好き過ぎてピアニストでありながら調律師でもあるくらいですからピアノのことを軽んじているわけではありません。
しかし、ピアノという楽器の形態や背景を客観的に考えると上記の事実を受け止めるべきだと思います。

そのうえで、演奏の仕方を考える時にもっとピアノを魅力的に奏でてあげることができるようになります。
では具体的にどのように演奏に活かすべきか。
それはまた次の記事で♪